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------------------ 球陽巻14 ------------------

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  • [本文1103]三十一年、向弘烈・毛景文、勢理客橋を改修す。〔鄭〕
  • [本文1104]赤田村具志堅の孝順弟友なるを褒奨す。〔蔡〕
  • [本文1105]泊邑の照屋、~ム々人命を救ひ、褒嘉を荷蒙す。〔鄭〕
  • [本文1106]泉崎の宮里、母に孝に、又姉妹親戚を恩助す。〔蔡〕
  • [本文1107]泉崎村の金匠比嘉、第五人を助贖す。〔蔡〕
  • [本文1108]泉崎村の島袋、孝にして和睦す。〔蔡〕
  • [本文1109]泉崎村の崎山の姑、節を守る。〔蔡〕
  • [本文1110]高嶺間切屋古村の寡婦宇志、節を守る。〔蔡〕
  • [本文1111]高嶺間切屋古村の松米次、家主に忠に、父母に幸なり。〔蔡〕
  • [本文1112]佐敷間切屋比久村の屋比久の妻、固く貞節を守る。〔蔡〕
  • [本文1113]佐敷間切新里村の宮城夫婦、各々忠を家主に尽くす。〔蔡〕
  • [本文1114]佐敷間切に、今尚徳王の裔孫有りて世々万寿寺に祭す。〔蔡〕
  • [本文1115]久高島、世々異種の人を生ず。〔鄭〕
  • [本文1116]玉城間切奥武村の大城、母を養ひて孝行す。〔蔡〕
  • [本文1117]西原間切我謝村の平良、再び養母に売られ、再び自ら身を贖ふ。〔蔡〕
  • [本文1118]西原間切棚原村の城間、三次父に売られ、三次自ら贖ふ。〔蔡〕
  • [本文1119]両日出昇す。〔鄭〕
  • [本文1120]仲城間切和宇慶村の寡婦戸登、貞節勤倹なり。〔蔡〕
  • [本文1121]仲城間切泊村の比嘉の妻、孝にして貞節なり。〔蔡〕
  • [本文1122]仲城間切屋宜村の寡婦蒲戸、貞節にして考なり。〔蔡〕
  • [本文1123]仲城間切喜舎場村の寡婦思戸、力を竭して家道を再興す。〔蔡〕
  • [本文1124]仲城間切伊舎堂村の島袋、一たび父に売られ、自ら贖ひて親を養ふ。〔蔡〕
  • [本文1125]平安座八太良、力、大なること常と異なる。〔鄭〕
  • [本文1126]与那城間切上原村の漢佐伊大翁、亀に命を救はる。〔蔡〕
  • [本文1127]羽地間切田井等村の川上、~ム々穀銭を発して以て民の急を済ふ。〔蔡〕
  • [本文1128]国頭間切奥間村の寡婦那部、固く貞節を守りて考なり。〔蔡〕
  • [本文1129]慶良間島の孝女宇戸、家貧にして力めて父を養育す。〔蔡〕
  • [本文1130]始めて納殿医師六員を置く。〔梁〕
  • [本文1131]始めて砂灰を城墻に塗る。〔梁〕
  • [本文1132]始めて螺赤頭、爵に陞せ、職に留まると定む。〔梁〕
  • [本文1133]三十二年、麻姑山島尻村の人、福礼前里、孝行有り。〔蔡〕
  • [本文1134]読谷山間切座喜味村の照屋の妻比余、早く寡し、家貧なるも節を守りて嫁せず。〔蔡〕
  • [本文1135]聞得大君国母宮、回禄す。〔蔡〕
  • [本文1136]粟国島八重村と浜村との交界に数々精怪を見る。〔蔡〕
  • [本文1137]粟国島浜村の前涯に鉄板石有り。〔蔡〕
  • [本文1138]粟国山、各処に光輝あり。〔鄭〕
  • [本文1139]呉屋村村長六人、民に勧めて農を務め、物を備へて用に応ずるを褒奨す。〔蔡〕
  • [本文1140]始めて医師各一員を宮古山・八重山に遣はして以て療治を為さしむ。〔毛〕
  • [本文1141]米五斛を扶産婆に褒賜す。〔毛〕
  • [本文1142]座敷位を堂の大屋子に贈賜す。〔毛〕
  • [本文1143]円覚寺の鐘楼・亭寮・照堂寮を改構す。〔毛〕
  • [本文1144]一星月に入りて出づ。〔鄭〕
  • [本文1145]両日出見す。〔梁〕
  • [本文1146]崎浜邑の大掟石川の前妻思戸、再び夫家に入り舅姑に孝養す。〔鄭〕
  • [本文1147]三十三年、八重山島に一男二女の孝人有り。
  • [本文1148]祝部・宮室に始めて銀簪を插し、又足袋を服するを許す。〔鄭〕
  • [本文1149]始めて権祝部二人を立てて、俸米を恩賜す。〔鄭〕
  • [本文1150]宮童七人を減去す。
  • [本文1151]屋宜の孝行を褒し、爵位併びに物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1152]貝摺奉行所を池上御蔵の地に遷造す。〔鄭〕
  • [本文1153]三十四年、当間邑の宮城筑登之を奨して、特に黄冠位併びに物件を賜ふ。
  • [本文1154]牧志村の高良筑登之親雲上を奨して、特に座敷位併びに孝徳忠勲の四字(此の類の大字は俗に掛床と叫ぶ)及び物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1155]名護村の次郎大城の年一百歳に至るを奨し、是れ太平の人瑞と為し、特に直ちに黄冠位に陞せ、併びに物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1156]三十五年、起更の鼓(俗に鼓責と叫ぶ)、開曉の鐘(俗に開鐘と叫ぶ)は各十二声を鳴らすことに改定す。〔鄭〕
  • [本文1157]八十歳以上の員役は、只朔望の朝見を勤むと改定す。〔鄭〕
  • [本文1158]三十六年、始めて御番所を玉陵の左右に建て並びに御番役二員を設置す。〔鄭〕
  • [本文1159]宮古島船、中華に飄至し、既に国名を揚げて国に回る。王上、英俊氏・白川氏等を奨賜するに爵位を以てす。〔鄭〕
  • [本文1160]三十七年、初めて年俸を御用物座員役に加ふ。〔鄭〕
  • [本文1161]伊野波邑の宇佐玉城、年一百歳に至るを奨し、是れ太平の人瑞と為し、特に黄冠位併びに物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1162]三十八年、始めて加籠に乗り、足袋を用ふることを老人病人に許す。〔鄭〕
  • [本文1163]三十九年、始めて勘定座の員役を増減す。
  • [本文1164]志喜屋村の真刈前城を奨し、特に筑登之座敷を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1165]西原郡に稲を種ゑて成長し、其の中、枝を生じ穂を出す。〔鄭〕


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