------------------ 球陽巻15-1 ------------------

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  • [本文1166]即位元年、申口方筆者の年俸を加ふ。〔鄭〕
  • [本文1167]二年、真和志並びに東風平郡の百歳の老人に爵位物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1168]読谷山郡百歳の老人に爵位物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1169]中城郡の百歳老人に爵位物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1170]寝廟を創建す。〔鄭〕
  • [本文1171]世添御殿を創建す。〔鄭〕
  • [本文1172]三年、奉神門を改修す。〔鄭〕
  • [本文1173]八重山の百歳の老女に爵位物件を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1174]皮弁冠の縫玉の数を増す。〔鄭〕
  • [本文1175]那覇港を濬ふ。〔鄭〕
  • [本文1176]雷、馬氏国頭按司正方の房屋柱壁を損す。〔鄭〕
  • [本文1177]貢便に附し、兼ねて冊封を請ふ。〔鄭〕
  • [本文1178]四年、始めて八重山に崎山村を営む。〔鄭〕
  • [本文1179]紅秉毅、始めて、時憲書の撰日の式を学ぶ。〔鄭〕
  • [本文1180]五年、始めて、黄竜緞の涼傘を造る。〔鄭〕
  • [本文1181]八重山寡婦の孝行を奨す。〔鄭〕
  • [本文1182]天使国に臨み、王爵を冊封す。〔鄭〕
  • [本文1183]天朝改めて御印を賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1184]国王、封を受け、崇元寺に謁す。〔鄭〕
  • [本文1185]円覚等の寺に謁す。〔鄭〕
  • [本文1186]冊使、碑を文廟に立つ。〔鄭〕
  • [本文1187]又、碑を天后宮に立つ。〔鄭〕
  • [本文1188]又、碣を瑞泉に樹つ。〔鄭〕
  • [本文1189]又、天后宮を姑米島に建つ。〔鄭〕
  • [本文1190]六年、国王、封を受け、文廟に謁す。〔鄭〕
  • [本文1191]始めて漢文総師を設く。〔鄭〕
  • [本文1192]啓聖王神牌を改題す。〔鄭〕
  • [本文1193]七年、八重山国吉の孝行を奨す(其の妻も賜ふ有り)。
  • [本文1194]竜、暴風を作し、屋を壊つ。〔鄭〕
  • [本文1195]八年、新に加良川石橋を造る。〔鄭〕
  • [本文1196]怪星見はる。〔鄭〕
  • [本文1197]異星見はる。〔鄭〕
  • [本文1198]天妃宮を改めて天后宮と称す。〔鄭〕
  • [本文1199]孔子・啓聖の廟号を改む。〔鄭〕
  • [本文1200]牝馬、角を生ず。〔鄭〕
  • [本文1201]九年、大地震あり。〔鄭〕
  • [本文1202]古関和尚、奏して天徳山号を改め、併せて禅鑑禅師の木主を設く。〔鄭〕
  • [本文1203]十年、伊江・宮古両島に大雨殷雷あり。〔鄭〕
  • [本文1204]大里郡の玉城、一胎にして三子を産む。〔鄭〕
  • [本文1205]知念郡、番所を遷す。〔鄭〕
  • [本文1206]粟を宮古島慶佐に賜ふ。〔鄭〕
  • [本文1207]高嶺郡、番所を遷す。〔鄭〕
  • [本文1208]具志川郡の宇堅・江洲・宮里の三村を址に遷す。〔鄭〕
  • [本文1209]十一年、按司の未だ統を継がさる者も亦、出使に備ふ。〔梁〕
  • [本文1210]御近習相附を加ふ。〔梁〕
  • [本文1211]東苑に、復、剃髪の苑守を設く。〔梁〕
  • [本文1212]十二年、越来郡、邑を遷す。〔梁〕
  • [本文1213]馬民国頭按司正実の乳母の百歳を奨す。〔梁〕
  • [本文1214]毎年正月朔望、香を円覚・崇元・広厳・長寿等の寺に行ふことを定む。〔梁〕
  • [本文1215]十三年、高嶺郡屋古邑を改めて大里村と称す。〔王〕
  • [本文1216]八重・麻姑両島の主家、緑冠を戴くを准す。〔王〕
  • [本文1217]十四年、春三月、内府厨房を以て、改めて層楼を造る。〔梁〕
  • [本文1218]夏六月朔日、始めて唐栄諸役の限期頂欠を定む。〔王〕
  • [本文1219]秋八月晦日、八重山新に真栄里邑を営むを准す。〔王〕
  • [本文1220]九月初十日、復、御医相附の頂欠期無くして其の寄役を廃することを定む。〔梁〕
  • [本文1221]納殿詰医は、専ら見在の御医相附をして任ぜしむることに題定す。〔梁〕


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