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------------------ 球陽巻15-2 ------------------

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  • [本文1222]題して、鑾輿夫(即ち御轎夫なり)三人を減ず。〔梁〕
  • [本文1223]冬十月十七日、題して納殿医者寄役三人を設く。〔王〕
  • [本文1224]十一月朔日、始めて、法司と為る者、紫地浮織冠を戴くを許すことを定む。〔梁〕
  • [本文1225]題して、法司官、官轎(即ち安駄なり)に坐するを許すことを定む。〔梁〕
  • [本文1226]十二月二十三夜、八重山に大雨殷雷あり。〔梁〕
  • [本文1227]十五年、復、老人・病人、各色の襪を服するを許すと定む。〔鄭〕
  • [本文1228]夏四月二十六日、惣横目役を創建す。〔鄭〕
  • [本文1229]五月朔日、読谷山郡瀬名波村を高志原に遷すを准す。〔鄭〕
  • [本文1230]二十三日、越来郡宇久田村、沛雨殷雷あり。〔鄭〕
  • [本文1231]二十九日、題して、唐栄総理司の統を継ぐ者、其の知行高十石を滅ずることを准す。〔鄭〕
  • [本文1232]復、按司の未だ兆を続がさる者、旧に仍りて、其の、外に奉使するを停むることを定む。〔鄭〕
  • [本文1233]秋七月二十三日、久米島、其の廃地を修めて、米粟を納むるに因りて、有司を奨賜す。〔鄭〕
  • [本文1234]二十七日、始めて田地奉行職を分設す。〔鄭〕
  • [本文1235]八月十五日、宮古島に新に仲地・長浜・前里三村を立つるを准す。〔鄭〕
  • [本文1236]納殿詰医を以て、下庫理当所に移置することを准す。〔鄭〕
  • [本文1237]二十二日、宮古島の東仲宗根与人・長間与人、民に勧め俗を革むるに因り、物件を奨賜す。〔鄭〕
  • [本文1238]二十八日、御検使を宮古・八重山・姑米三島に遣はして以て田地を正すを准す。〔鄭〕
  • [本文1239]九月十六日、摩文仁郡米次村を其の故嘘に遷すを准す。〔鄭〕
  • [本文1240]唐紙・印金紙・緞子紙を創造す。〔鄭〕
  • [本文1241]十六年春二月二十九日、美里郡渡口村を加那波川原に遷すを准す。〔毛〕
  • [本文1242]浦添郡仲西村を外間原に遷すを准す。〔毛〕
  • [本文1243]三月二十七日、小禄郡大嶺村の松川親雲上の孝行を褒賞す。〔毛〕
  • [本文1244]小禄郡宇栄原村の金城親雲上の孝行を褒賞す。〔毛〕
  • [本文1245]十七年春正月二十二日、知念郡安座間村を汀敷原に遷すを准す。〔毛〕
  • [本文1246]二月十二日、始めて、毎年清明の節、上、玉陵に謁し、奉祭することを定む。〔毛〕
  • [本文1247]三月朔日、詔して、諸王子の夫人は、各金~゙を插すと定む。〔毛〕
  • [本文1248]夏六月初九日、午時候を過ぎて大地震あり。〔毛〕
  • [本文1249]二十六日、王殿修完するに因り、主上、大美御殿より新殿に遷る。
  • [本文1250]二十九日、座間味郡阿佐村を古村に遷すを准す。〔毛〕
  • [本文1251]秋九月十五日、八重山慶田城付西表首里大屋子は、西表と改名し、西表付慶田城与人は上原と改名することを准す。〔毛〕
  • [本文1252]十六日、南風原郡山川村を川田原に遷すを准す。〔毛〕
  • [本文1253]冬十一月二十三日、宮古・八重山惣横目役に俸各五石を賜ふと准定す。〔毛〕
  • [本文1254]十八年春三月九日、沛雨殷雷あり。〔毛〕
  • [本文1255]三月十日、御八巻組を御八巻組主取と改称し、同日、御八巻組相付一人・細工二人を新設するを准す。〔毛〕
  • [本文1256]四月朔日、金城親雲上の善行を褒賞す。〔毛〕
  • [本文1257]六月朔日、復、今帰仁阿応理屋恵按司の職を継ぐを准す。〔毛〕
  • [本文1258]宮古島伊良部村に一乳にして三子を生むあり。〔毛〕
  • [本文1259]五日、寺社座に仮中取一人を新設するを准す。〔毛〕
  • [本文1260]十五日、唐栄総理司・長史司の、明倫堂に直することを題准す。
  • [本文1261]六月、特に中秋の拝月を定む。〔毛〕
  • [本文1262]七月七日、別に、掟・目差各一人を設くるを准す。〔毛〕
  • [本文1263]二十六日、夜子刻、御番頭、客星卯方に見はると進奏す。〔毛〕
  • [本文1264]秋八月十日、宮古島上地村に沛雨殷雷あり。〔毛〕
  • [本文1265]二十八日、樽野底并び妻の孝行を褒賞す。〔毛〕
  • [本文1266]九月朔日、久米島蔵元を大田村に移置するを准す。〔毛〕
  • [本文1267]九月五日、八重山島黒島村に沛雨殷雷あり。〔毛〕
  • [本文1268]十月十五日、蒲松原の孝行を褒賞す。〔毛〕
  • [本文1269]十一月朔日、復、三司官、功に照して浮織冠を戴くと定む。〔毛〕
  • [本文1270]十一月朔日、特に三司官、宜しく題奏を経て、安駄に乗るを許すべしと定む。〔毛〕
  • [本文1271]十九年春正月、佐敷郡小谷村を山久比利原に遷すを推す。〔毛〕
  • [本文1272]二月六日、本部郡伊豆味村に沛雨殷雷あり。〔毛〕
  • [本文1273]二月、真壁郡に掟役一人を加へ立つ。〔毛〕
  • [本文1274]二月八日、今帰仁郡湧川村に沛雨殷雷あり。
  • [本文1275]三月九日、高嶺郡真栄里村の西、世直浜より、大里村近辺に至るまで、小雨並びに雹降る。〔毛〕
  • [本文1276]四月十二日より二十四日に至るまで、小魚(此の魚は俗に~字を通用し、太久知と叫び、形は楚理呂魚に似たり)崎原并びに楚崎辺に集来す。〔毛〕
  • [本文1277]宮古島松原村の東、比利嶺山野の内に、自ら穿つ。其の口径五尺許・深さ二丈余・底の広さ四五間許り。泉の出づる有り。〔毛〕
  • [本文1278]秋七月十四日の夜、雷八幡前に落ち、松樹を打ち剥ぐ。〔毛〕
  • [本文1279]八月六日、宮古・八重山両島の首里大屋子・与人の内より、惣横目職を兼務す。〔毛〕
  • [本文1280]冬十月九日、伊江島東江村に大雨ありて、雷、東江胡志原・与佐志高浦地方に落つ。農民、戸戸・三良の二人、併びに牛二匹、雷に打たれて死す。〔毛〕
  • [本文1281]十一月十三日、国頭郡楚洲村の、奥村楚江兼久原に遷すを准す。〔毛〕


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