［附巻0010]【蔡堅・馬成驥等、日本に飄到し以て国名を挙ぐ。】長史蔡堅（喜友名親方念亭）、使者馬成驥（今、向鴻基東風平親方朝香に改む）とにに赴き京に上る。而して回国の時、かに颶風に遭ひ、飄来飄去して針路を錯失す。数日に至るも一山を見ず。舟中の員伴、皆愁嘆を為すの際、遠く一山を見る。喜びて之れに近づくに、高山漸く四面に出でて環繞す。是に於て、堅等驚きて之れを問ふに、舟中の人、皆以て其の国を知らず。然れども洋に在ること長久にして、水皆飲み尽くして、将に以て渇乾せんとす。暫く船を此に湾ぎ、岸に登り水を取らんとす。時に林氏（俗に真志保通事と叫び、名は未だ伝はらず）有りて曰く、此の国何の名なるかを知らず。若し漫りに行きて水を取らば、此の一船を将て、地人の為に擒にせられ、則ち上は王命を誤り、下は衆命を亡ぼさん。求全の計に非ざるなり。予、竹竿を持ち、巾を繋ぎて上岸し水を取らん。若し地静かにして虞無くば、竹竿を揮はず。須く予の来るを待つべし。如し竹を揮ふ有らば、則ち開船して走去せよ。予一人の命、顧みて惜しむ所に非ずと。爰に巾を把り竹竿頭に掛け、高山に登りて去る。俄頃の間、林氏、地人の兵蜂を持ちて来るを見、乃ち大いに数声を叫び、急に竹旗を揮ふ。舟中之れを見て即時錨を起し揚帆して、外洋に開駕す。林氏則ち地人の為に檎へられ、已に其の京都に至れば、乃ち朝鮮国なり。林氏朝鮮王の前に赴き、備に漂来の末を奏す。王深く之れを憫恤し、衣食を授給す。且女人を賜ひて侍側せしむ。後、北京に護送し、転じて中山に回す。堅等、朝鮮開洋し、日本平戸の地に飄到す。彼の地の人、甚だ以て之れを賤む。蓋し前年、宮古船平戸に飄到し、宮古人と報称す。彼の国錯りて王都人と為して、之れを尊待す。已に其の不礼を見て、深く之れを賤卑す。此の時、堅等地の地に飄至す。他の地の人民、亦之れを賤待し、甚だしくは礼を為さざるなり。一日、堅、壌等と同に、街上に出遊す。偶々ー家の庭中に衆人擦聚して、毬し相玩するを見、堅等往きて以て之れを見る。内一人有りて、堅等に問ひて曰く、貴国も亦りて以て玩遊するかと。日く、りて以て戯を為すと。然らば則ち請ふ、一位出でて之れをらんことを。是に於て、驥即ち庭に出でて毬し、逐一式に合ふ。見る者大いに之れを奇異とす。次日、地人大いに酒食を設けて驥等を邀延す。其の家庭に至り毬して戯す。且数寄点茶して遊び、以て球人を試す。堅等詳に其の意を知る。時に壁に詩章を貼る有り。大いに其の詩章を読みて、以て球人の徒らに小芸ならざるを示す。此れよりの後、地人益々奇とし愈々信ず。乃ち問ひて曰く、前年人有りて飄来し、都人を報称するも、甚だ礼を知らず。今、公等を見るに、彬々として礼有り・風標雅度、前人に似ざるは如何と。堅等曰く、前年飄来する者は、乃ち是れ本国の属島宮古の人にして、王都の人に非ざるなりと。是に於て地人之れを知る。已にして興尽き客散じ、堅等船に回る。未だ数日を経ずして、彼の国の主相対馬守、之れを聞きて堅等を召見し、各々品物を賜ひて差有り。後、数日を閲し開船して帰国す。