[附巻0048]五年、薛礼興・平啓祥、共に議して、鬱金を栽ゑ、黒糖をき以て銀両に換ふ。】本国は素より貧乏に係る。恒に薩州に銀両を借り、以て国用と為す。是の年に至り、借債甚だ多く、積みて四万余両に至る。法司等、深く之れを憂嘆し、百慮千計以て償還せんとするも、力の施すべき無し。即ち百官を招聚して、以て其の償還の術を問ふ。薛礼興(古波倉筑登之親雲上賀親)、平啓祥(当間親雲上重陳)と相共に議論し、遍く百姓をして、鬱金を栽植し、黒糖を焼せしめて、以て薩州に売り、已に其の利息を得て、以て償還を為すの事、法司に禀明す。法司転じて、在番諏訪氏と商量し、其の事を薩州に請乞す。幸に其の請を准さる。即ち国中の人民をして、遍く甘蔗・鬱金を栽ゑしむ。此の時、啓祥等、買収奉行と為り、命を請ひて以て公倉の米五十斛を発し、尽く鬱金六十を買ふ。丁亥の年に至り、其の鬱金を将て薩州に寄売して、価銀一千二百両を売得す。即ち其の価銀より、民力を扣算して多く利息有り。是の年に於て、各褒美を蒙り、白米十斛を賞賜さる。