[本文0149]三年、卯秋の接貢船の人数、海賊に遇ひ、能く戦防を為し、全く公物を護るに因り、薩州褒奨して米を賜ひ、本国も亦褒奨す。】卯秋の接貢船那覇開洋し、駛せて中華洋面に近づく。商船に似たる十反帆船七隻有りて、接貢船に向ひて駕来す。通船の人数想ふに、是れ哨船にして、球船赴メの由を報知するならんと。頃刻の間、彼の七隻の人数、万を挙げ炮を放ち、鳥鎗を打ちて前み来る。始めて賊船なるを知る。其の中三隻は、銅炮・鳥鎗を設置し、四隻は鑓刀を持挺して、前後より囲繞す。在船の人数大いに驚き、立ちどころに銅炮・鳥鎗等の器を取り出し、分頭して之れを持ち、清早より未初刻に至るまで、賊数十次の囲攻を被る。然れども皆身命を惜まず頻りに火謔投じ、銅炮を放ち、鳥鎗を打ち鎗を用ひ礫を擲ちて厳に戦防を為す。遂に銅炮・鳥鎗を以て再三中てて賊船を損ず。且鳥鎗を以て、海賊四人を打倒す。接貢船に至りては、銅炮・鳥鎗の痕跡有りと雖も、然も船上の各人、傷を受くる者無し。此の時、風は寅卯に属す。前に向ひて進去すれば、恐らくは伏賊に遭はん。故に順ならずとも雖も、針を改めて巳午を指して出洋す。此に於て賊船、リ来する能はず、遂に酉位に退く。少頃ありて、此れを除くの外、亦三隻有りて駕来し、卒然として酉位に転去するを見る。思ふに是れ該七隻の退帰するを見るの故か。方めて難を逸するを得たり。之れに依りて皆議す、十隻は既に酉位に到る。想ふに是の賊船は、接貢船の進去に擬して、以て埋伏を致すならん。況んや此の洋面は、貢船のメに赴く毎に、多く商船及び釣舟の、此れより経過するを見るをや。但々這番に至り、一隻の船も見ず。想ふに、福州外山近辺に於て、賊船の更に多きこと豫知すべからず。若し直ちに五虎門に到り、復強賊に遭はば、則ち適きて巡るべき無く、自然性命を失ひ、緊要の公物に至りても亦侵奪を被るを免れず。依りて今暫く本国に返るを計り、進貢船の回来を待ちて、中華の情状を聞き、再び赴メの処を以て、宜しく憲令を聴候して之れを行ふべしと。相商りて已に定まる。風ホ是れ不順なりと雖も、務めて中華地面の処を駛せ避けしめ、船頭・作事・水手をして、精を殫して駕駛するの間、幸に順風有りて回国す。是れに由りて、薩州、接貢船の人数、此くの如き急難に遇着するも、一切力を防戦に尽くし、洵に能く職を尽せるを垂念し、才府以下船頭八人に至るまで、米二百包を奨賜し、五主十人・往事水手四十人に、米一百包を賜ふ。本国も亦才府より以下佐事・水手に至るまで、褒奨すること各々差有り。