[附巻0156]【本年、国製の紙を用ふるを許す。】本国は、昔に在りては百田紙の類を製出する有り。中葉に至りて、其の製、断絶す。幸に、金城村の百姓に比嘉筑登之親雲上なる者有り。自ら工夫を尽くして、復其の製を作す。是に、朝廷、上届子年に於て、屋を宝口に構へて、以て製紙の区と為して、該比嘉をして百田紙を製作せしむ。尚未だ善美を見ず。上届丙午の年に、泉崎村のr氏金城筑登之順応、前みて薩州に赴き、製紙を学習して以て回国するを得たり。厥の後、該金城をして親しく紙座に在りて、上紙・下級・百田紙・美濃紙・宇田紙・杉原紙等の諸色を試製せしむ。惟杉原紙を除くの外、其の余の諸色は、皆善美を見る。而して楮木に至るも、亦上届子年より以来、国中に行令して広く栽植を致さしむ。現今、茂盛して永世保製の益有るを見るべし。是れに由りて、朝廷、即ち嗣後、所用の言上紙及び諸座所用の諸色の紙を将て、都べて国製を使用するを許す。只是れ杉原紙の一色は、其の製の美に就くの際を待ちて、公務の軽重を揣りて以て使用を為す。