[附巻0267]【本年、蒸気船一隻の覇港に来到する有り。】此の年、蒸気船一隻の覇港に来到する有り。因りて其の来歴を問ふに、即ち云ふ、此れ工部省燈台寮の官船に係り、号して亭志保と為す。路、燈台を巡見するの便に順ひ、英国公使等と協同し、其の船に坐駕し、前みて麑島県に赴き、更に国形を見んと欲して転じて琉球に到る等語と。後、在国の内務省官員等の報称する有り、英国公使等王城を瞻んと欲し、本官の転達するを禀明す。宜しく其の禀する所を准せ等由と。随ひて即ち、古より以来、未だ外国人等の入りて王城を瞻ること有らず。代りて料理を為し、其の挙を停止するを懇乞するの処を将て、特に御鎖官を遣はし、頻りに請辞を行ふも聴従を得ず。因りて謂ふ、黷オ外国人等をして入りて王城を瞻せしむれば、必ず後日の妨を開かん。今、王殿を修葺するの際に在り。若し其の事を将て請辞を行はば、応に聴従を得べしと。又御鎖官を遣はし頻りに請辞を行ふ。乃ち問ひて云ふ、修す所の正殿は是れ西殿なるかと。答へて云ふ、是れ西殿ならずと。又曰く、今爾の云ふ所の如きは、理に于て協はず、以て請辞し難し。且該公使等は、城を瞻るの時、只西殿を瞻せしめ、其の款待に至りては、亦茶菓を発給するのみ等由と。此の時に当り、勒ひて請辞を行ふに便ならず。其の禀す所を准す。是れに由りて、英国公使及び跟随の英人四名・燈台寮官三名・福崎季連殿・河原田盛美殿等、同に王城に到り、入りて西殿に坐す。随ひて即ち、法司官・度支官・御鎖官各一員、該使官等に陪坐し、茶菓を発給して以て款待を行ふ。時に英人等皆倭語を将て、暫時の間談じて帰り、遂に開船して回去す。