[本文0293]【十四年、伝介俊、殺人の賊を捜出して、兄の枉寃を免れしむ。】首里普幾下(地名)に一人有り。名は座波と叫ぶ。一夜、座波事有りて外に出で、行きて赤田寒水川の路に至るや、ラ忽の間、賊の為に殺さる。座波の族人、各処を巡行して、密かに其の賊を訪ふ。此の時、吉時逢(浜北嘉親雲上孟辰)の僕人、之れを聞き、其の事を将て同僕に相説く。時逢曰く、殺人の賊曾て顕露せず。今漫りに之れを説けば、恐らくは大災を受くること有らん。其の賊未だ明かならざるの間、軽がるしく語るべからずと。座波の族人、此の言を聞き得て、即ち平等所に告げて曰く、時逢は座波と夙に和睦ならず。今、時逢僕を戒むるの言を聞けば、則ち時逢の座波を殺せしこと、断然疑無し。伏して乞ふ、此の事を鞫明して、以て抵命を致さんことをと。平等所官、時逢を捕へ来りて、座波を殺すの事を審問す。時逢素より此の事を知らず。然れども鞫問已に甚だしく、言の非ずべき無く、只、冤枉の罪を獲たり。時逢の同母弟、伝介俊(高安親雲上厚好)、深く兄の誣を受けて罪に坐するを憂へ、日夜遍く各処に行きて、密かに座波を殺す者を尋ぬ。一夜、巡りて鳥小堀邑に到る。夜深く人静かなり。偶々其の河辺を看るに、猪を殺して之れを洗ふ者有り。介俊深く之れを奇怪とし、旁より偸み視るに、乃ち是れ、汀志良次村の宜寿次の家人なり。其の一人、低声にて之れを問ふて曰く、我が家何ぞ酒肉を設けて以て盛宴を為すやと。一人曰く、汝未だ其の事を知らざるや。家主嘗て座波を殺し、而して時逢、枉冤罪を受く。故に明日、設けて賀宴を為すなりと。二人密然として相語るの間、又、問ふて曰く、殺人の剣は、蔵して何処に在りやと。曰く、蔵して屋梁の間に在りて人の看るを与さざるなりと。介俊、熟々其の言を聞き、即ち平等所に赴きて其の事を告訴す。平等官、宜寿次の家に到り、其の刀を取出す。宜寿次、V蔵する能はず、実に座波を殺すの情由を出す。是に于て、宜寿次を捕捉し、縛して獄に入れ罪を定めて斬首す。吉時逢の枉誣自ら明かにして、以て其の罪を免る。