[本文0612]【久米島仲里地頭代比嘉、比嘉川の水を引き、田水を補ひて旱災に防へ、真謝・宇根・比嘉・謝名堂の四村永く其の利を得。】真謝等の村の田地は、水少く尤も旱災を患ふ。共計するに米二百五十石余を出すべし。居民、旱する毎に水を汲みて田に灌ぎ其の労に堪へず。比嘉親雲上、民を督して堤を築き、以て比嘉川の下流を留め、又溝、長さ一千一百間を開き、之れを引きて其の田水を補ふ。是に于て四村、惟に其の労を免るるのみならず、亦永く其の秋収を得。久米島の、水を引きて田に入るること此れよりして始まる。