[本文1134]【読谷山間切座喜味村の照屋の妻比余、早く寡し、家貧なるも節を守りて嫁せず、勤倹子を養ひて以て家を興す。】座喜味村照屋の妻は、名を比余と曰ひ、二十七歳にして寡す。其れ、二男一女有り。倶に嬰児に係る。更に兼ぬるに家貧にして、一人の助くる無し。日は農し、夜織るも、猶饑寒の苦を免れず。時に嘉手納なる者有り。是れ読谷山第一の富人なり。比余を娶らんと欲し、其の親戚を以て媒と為し、具に告ぐるに、其の男女を養ひて其の所を得しむるの意を以てす。親戚皆喜びて更に百計を加へて之れを誘ふ。比奈、堅く辞して曰く、女豈再嫁の理有らんや。吾寧ろ死すとも従はず。況んや男女有り、養長して数年なれば、復頼る所有るをや。何ぞ吾を不義に陥れんと欲するやと。果して十年ならずして男女漸く長じ、恊力して家を興す。後長男は人の養子と為り、女は蛯備へて以て人に嫁す。次男は性孝にして富む。又上地地頭職に任じ、屡々餓リを済ひ、座敷位を拝す。其の孝養を享けて天年を終ふ。