[本文1146]【崎浜邑の大掟石川の前妻思戸、再び夫家に入り、舅姑に孝養す。】本部郡満名邑に仲宗根なる者有り、一女を生得し、名を思戸と曰ふ。崎浜邑大掟石川、其の思戸を媒し、娶りて夫婦と為り、一男児を生む。思戸善く舅姑に事ふること、父母に事ふるが如し。舅姑も亦之れを愛すること、恰も生嬰の如し。且能く夫婿に事へ、和順以て待し、礼譲以て従ひ、深く金石を結ぶ。一日石川、一心怒を遷し、思戸を厳責す。思戸、悦気愉色、以て其の怒を諫む。石川大いに怒り且罵り、思戸を逐出す。思戸家に帰り寡居し、自ら矢ひて再嫁の志無し。而して富家の子弟、多く之れを媒せんことを請ふ。父母其の少くして寡なるを恤れみ、将に、改めて以て之れを嫁せしめんとす。思戸、堅く執りて従はず。石川再び渡久地邑健堅の次女を娶る。未だ数年を閲せざるに、倏ち一病に罹り、則ち医を請ひて服薬するも効験を見ず、雍正己酉、父母に先だちて死す。健堅の次女、舅姑を顧みずして父家に回去す。此の時、石川の父母老衰し、貧乏甚だ極まる。父は年七十五歳、母は年七十三歳にして、只一男孫有り、年甫めて十三歳、親戚に欺かれ、倚りて告ぐる無し。債銭最も多く、尽く家財を売り、以て飲食に資するも、歴年已に久しく、以て日を度り難し。他の老舅姑、qに満名邑に往き、其の罪を懇請し、亦来りて老身を養はんことを求む。思戸敢へて聴従せず。老舅姑再三強ひて、乞ひて哀告す。是に於てか、思戸再び亡夫の家に至り、或いは田畝を耕し、或いは疏菜を栽ゑ、紡績織謔オ、日々恒産を為して、晨より夜に至るまで敢へて怠惰せず。善く男児を養ひ、善く舅姑に事ふ。舅姑も亦安心を致し、以て天年を終る。姑は年八十五歳、舅は八十八歳なり。牝より後、佳節祭祀に逢ふ毎に、追遠誠を尽くし、思戸孝思の心、未だ曾て、少しも息まず。