[本文1164]【志喜屋村の真刈前城を奨し、特に筑登之座敷を賜ふ。】知念郡志喜屋村の真刈前城は、生質篤実にして、能く老母を養ふ。偶々不虞の費に逢ひて、家困窮に及び、遂に已を得ずして聞得大君御殿の僕と為り、昼夜を論ぜず、心を尽し、力を竭して、以て奉公に務む。幸に恩を蒙り、奴を免る。時に母は年八十余に及ぶも、家資欠乏して、志に任せて奉養すること能はず。是に于て心を家計に営み、力を竭して耕作し以て財用を聚む。而して志を得て、母を養ふ。且一家和楽し、母の心をして安きを得しむ。且精しく耕作を知り、而して糞用并びに、諸菜(即ち浮木作の類)を種うるの法を以て、村民・隣邑に教ふ。且、遍く閑地(即ち山野の類)を見て、躬ら苦竹を種ゑ、已に叢森に及ぶや、以て公私の応用に供す。本村井有り、四囲荒穢し、其の水已に濁る。而も修を加へず、只其の水を用ふ。自ら財資を出して以て修葺す。今其の為す所を視るに、人民の補助と為る。特に直ちに筑登之座敷に陞すを賜はる。