[本文1206]【粟を宮古島慶佐に賜ふ。】原来、慶佐(人名)夫妻二人、一穉子を養ひ、遠く郷村を離れて屋を構へ之れに居す。時に九月十八日、中国難人有りて、浦底浜に漂入す。径ちに慶佐の屋に向ひ進み来る。慶佐其の飢渇の色あるを見、延いて屋内に入れ、粥を与へ之れを食せしめ、其の飢渇を充す。蓋し慶佐、僅かに、其の妻と穉子と偕に草野無人の地に僻居し、倏ち異服・異言の人を見る。則ち宜しく驚慌措く無かるベきに、而も乃ち撫すること此くの如し。其の志、嘉すべし。故に粟一石五斗を奨賜して以て厥の誠を表す。