[本文1265]【二十八日、樽野底並びに妻の孝行を褒賞す。】樽野底は乃ち八重山与那国の人なり。父は盲目にして母は手足痿痺す。然れども十年以前家事を照管せしに、゚んぞ意はん、長子世を棄てて、家滅亡に及ばんとは。此の時、樽野底は年十九歳に及ぶ。深く父母の哀を抱くを憫れみ、種々父母の心を慰む。樽野底因りて家事を管するや、精を殫して業を勤め、一家裕足し、諸出物を将て滞る無く交納し、不足の憂無し。父母の気力寛舒なり。樽野底、平日田圃より帰るの時、必ず河海の辺に往きて、父母好む所の食物を揀拾して、以て之れを膳にす。石垣に往くの時は、亦父母好む所の什物を買ひて、以て之れを進む。唯に樽野底、孝心有るのみならず、即ち妻玉も亦厚く孝心を存す。樽野底、常に妻と相商り、惟に毎日の飲食は父母の好む所に従ふのみならず、或いはイ餅を造り、或いは神酒を造り、或いは焼酒を造りて、以て供養を為す。衣服に至りても亦父母の好む所に従ひ、寒なれば則ち火を供して以て之れを温め、暑なれば則ち童子をして扇がしむ。夫婦、出づれば必ず告げ、帰れば必ず画す。晨タ側に侍し、好事を説与して、以て父母を悦ばしむ。或いは盆中、躍有るに値へば、之れを招きて以て親の心を楽しましめ、或いは別処に観有るに遇へば、夫婦戸を舁ぎて之に乗せ、以て親の耳目を楽しましむ。母親は、手足痿痺するに因り、飲食及び烟、自ら喫する能はず。其の妻玉、親しく自ら之れを進む。大小便、寝座に在りて撤去す。其の妻他人の之れを視るを欲せず、随ひて即ち之れを収め、九个年以来、未だ敢へて怠慢せず。親戚及び村人に至りても、亦之れと交るに和睦を以てす。親戚村人、均しく其の志に感ず。此れに因り百姓各役及び頭・在番等、其の善行を朝庭に進む。法司題奏す、伊の樽野底、駅を離るる六十里の外、与那国村に産すと雖も、善行群を超ゆ。若し褒賞を賜はらば、則ち一郷観感せん、請ふ褒賞を腸へと。故に之れを嘉し、樽野底に黄八巻位・木綿布三端・綿子二把を賜ひ、妻玉に木綿布三端・綿子二把を賜ふ。