[本文1343]【五月十七日、本部郡辺名地の小浜等、渡久地港の矼を造るを褒賞す。】渡久地港渡る所の長さは、八十歩有りて、橋矼有ること無し。故に公夫・郡夫を将て、日夜漕番を設立し、小舟を用て人民を渉し、甚だ不便に属す。且渡久地村耕す所の土地は、港を隔つる北に在り。往還時を費し、農業に礙有りて、百姓疲を受く。是を以て、先年、法司蔡温故具志頭親方、杣山を巡見するの時、既に其の港に橋を設造すべきを飭す。然れども、其の処は皆砂地に属し、且潮水出入の地に係り、計の造るべき無く、延已に久し。浜元村前の辺名地親雲上・辺名地村故辺名地親雲上・備瀬村故小浜親雲上・具志堅村前の健堅親雲上・並里村前の渡真理親雲上等、酋長に任ずるの時、各々皆心を用ひ、木杠を設造し、以て人馬往来の便と為る。此に于て、渡久地村、亦漸く興旺す。有る所の木杠、屡次頽敗し、修造に堪へず、多く民夫を費す。伊の酋長等亦意慮を尽くし、農隙有る毎に、百姓を附近海辺に約集し、礁面の扁石を聚取し、小舟を用て載運す。上届戊寅の年三月、工を興し、翌年四月、矼、全く成る。爾かより以来、大風雨の時も、損窒キること無く、永く公の便と為る。且郡中に於ても亦甚だ便と為る。掌管各役、其の事を報明す。此れに因りて各人毎に褒奨を賜ふ。