[本文1753]【本年、大里郡大城村の玉城筑登之等の功を褒嘉して爵位を賜ふ。】大里郡稲福村は、素種を播くの水田少く、他村に発租して以て播種を為し、甚だ便利ならず。大城村の玉城筑登之、村民四名を率同して、比良仲原山隈の際を看見するに、湧泉混々たり。其の下の小川原は、即ち稲福・大城両村百姓地畝の境に在り、地卑く土湿りて、以て田を闢き播種すべし。此に于て、田地官の主裁を請ひ、各自資を捐し、石を以て十四堤を築き立つること長さ五十四間五合・高さ九間一合なり。又泉口より水道長さ十五間・横五尺、高さ一丈を掘り下げ、水田四百六十余坪を開闢す。且小川原の地畝は大雨に逢ふ毎に水に損壊せられ、修理の労に勝へず。今其れ石を用ひて堅く築くに因り、方めて水災を免れ、永く村を利す。是れに由りて、法司具題し、各爵位を賜ひて以て其の功を表す。